2023年03月30日

　サイドスローで投げた石は水面を転々と跳ね、川の中央で力尽きて沈んだ。

　モスクワの川辺で遊ぶ私たち夫婦と息子。そこに「あたしも交ぜて」と寄ってきたのがヤナちゃん（仮名）だった。息子と同じく小学校の低学年。ヤナちゃんの母親はニコニコと私たちの石投げを見守っている。

　ウクライナ侵攻のさなかで、心がささくれ立っていたから、私は笑顔を返す気にはならなかった。遊び疲れ、並んで地下鉄駅に向かうところで、母親から意外な話を聞かされた。「私たち８年前にドネツクから出てきたの」

　ドネツクといえば、ウクライナ東部の街。２０１４年から親ロ派勢力とウクライナ軍が戦いを続けている。母親はロシア国営メディアが「ウクライナ政府は悪」と決め付けて報じることを嫌がった。「ヤナには本当のことを知ってほしい」とも。

　ヤナちゃんの後ろで私と並んで話す時、母親の笑顔は消えていた。故郷を失い、転々としてモスクワにたどり着くまでの苦労が察せられた。前を行くヤナちゃんが「ねえママ」と振り返った時、母親は優しい表情に戻っていた。　（小柳悠志）