「ほほ笑みの国」と呼ばれるタイ。東北部イサーン地方の中核的な県、コーンケーンの郊外では、その原風景とも呼べるスローライフが満喫できる。
コーンケーン中心部から西へバスで50分ほどにある農村地帯。バスを降りて目指すは、農薬や化学肥料を一切使わない伝統的農業や郷土料理作りが体験できる宿泊施設、ミーキン・ファームだ。
道路脇の空き地で出迎えてくれたのは、手押しトラクターに荷車を取り付けた手作り感漂う“軽トラック”。荷台に利用客7、8人が乗ると、木製の車体がぐわんとしなる。スピードは全然出ないが、頬をなでる風が心地いい。
あぜ道を5分ほど進んで着くと早速、郷土料理「ソムタム(青パパイアサラダ)」の調理。まずは生トウガラシを底の深いすり鉢に入れ、押しつぶす。「汁が目に入ると危険なので、すりこぎを回すときは手のひらで器にふたをして。つぶし過ぎると激辛になるので味を確かめながら作るのがこつです」と、農場代表の女性、プーさん(40)が教えてくれた。続いて、熟する前のパパイアの細切りやインゲン、砂糖、ライム、トマトなどを加えてあえる。ナンプラーよりにおいの強い魚醤(ぎょしょう)パラーを使うのがイサーン流だ。
説明を受けて取り組んだ日本人グループの男女は「もう少し砂糖を入れよう」「酸味がちょうどいい。絶対おいしいはずだ」などと和気あいあい。同行したタイ人からも太鼓判を押される美味に仕上がった。昼食には、主食のもち米とプーさん一家が作って
くれたガイヤーン(イサーン風焼き鳥)などのごちそうが並び、すっかり満腹になった。
プーさんは英語が堪能。英国ロンドンへ語学留学し、現地でレストランの店長を務めた経験もあるが、6年間の海外生活で強まったのは「生まれ育った街へ帰りたい」という思いだった。バンコクの大学に進学するため、故郷コーンケーンを離れてから17年が過ぎていた。2013年、帰国とUターン移住を決行。初めは仕事の少ない地方都市でどう生計を立てるか、模索が続いた。だが郊外に購入した農地でガーデニングをして過ごす穏やかな時間に、自分が幸せを感じることに気づき、この時間を他の人と分かち合いたいと考えるようになった。農家出身ではなかったが、家族に起業を相談すると、皆が賛同してくれた。
3年前にプーさん一家が開いた農場のコンセプトは「家族や友達、親戚のように私たちと一緒に過ごして」。共同作業を通して、来訪者との絆が深まることを心がける。「ここは仕事場というだけでなく、私たちや利用者の家なのです。穏やかな時間を楽しんでほしい。緑に囲まれた小さな家を築きたい」と話す。
農場の牛舎をのぞくと、水牛数頭が、おいしそうに稲わらをはんでいた。食肉にされるところをプーさんたちが買い取り、今は彼らも静かな時間の流れを味わっている。農繁期には水田ですきを引くなど活躍してくれるだろう。
タイを訪れる日本人観光客は年間165万人。うち約7割はリピーターと言われるが、訪問先はバンコクやチェンマイ、パタヤなど一部の都市や観光地に集中する。街の喧噪(けんそう)も悪くはないが、タイ農村のゆったりと流れる時間や、人の温かみに触れたくなったら、ぜひこの「家」を訪ねてみてほしい。
写真・文 高瀬俊也
(2019年6月28日 夕刊)
メモ
◆交通
バンコクへは中部国際空港、羽田・成田空港から約6時間~6時間半。
国内線に乗り換え、コーンケーン空港へ約1時間。
現地移動はタクシーなどをチャーターするのが無難。
◆観光情報
タイ国政府観光庁ホームページに詳しい情報が掲載されている。
おすすめ
★ミーキン・ファームの利用料金
食事代や空港送迎、周辺観光の世話をすべて含めて1泊2日4550バーツ(1バーツ=約3.5円)。
問い合わせはフェイスブックで(mekin farm khon keanで検索)。
★シラ・ホームステイ
コーンケーン県中心部の北東にある農業集落。
花栽培が盛んで、農作業のほか、六角形をしたお祭りの飾りや、花輪の製作など地元農家の日常活動が体験できる。
集落内の16世帯ではホームステイも受け入れている。
1泊980バーツから。
★ナイトマーケット
県庁近くの路上では、毎週土曜夕方から午後10時まで「ウオーキング・ストリート・マーケット」の名で開催。
地元グルメや服、小物から果てはペットまで多彩な店が立ち並ぶ。
他に、毎夜開催するマーケットが2カ所ある。
★コーンケーン県
人口は約180万人。
タイ屈指の名門コーンケーン大があり、日本人の留学生や教職員も多数在籍する。