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西郷隆盛終焉の地・城山

西郷隆盛終焉の地・城山 鹿児島市 激戦の跡 見守る桜島

「城山」の展望台から見た桜島。当日は山頂がけぶっていて、かすみがかった感じに。「それでもいい方です」と言う烏山さん

「城山」の展望台から見た桜島。当日は山頂がけぶっていて、かすみがかった感じに。「それでもいい方です」と言う烏山さん

 桜島は今日も煙を上げていた。「人生最後の日の夜明け前、彼もまた桜島を見たのだろうか」。鹿児島市の高台「城山」で桜島を見ながら、明治維新最大の功労者の一人、西郷隆盛に思いをはせた。享年49。私も年齢だけは西郷に追いついた。だが、死地に赴く西郷の気持ちはおそらく私の想像を超える。

 「空がかすみやすいので、くっきり見える日は、それほど多くありません。今日はいい方ですよ」。かごしまボランティアガイドの烏山信幸さん(70)が、約4キロ先の桜島を指しながら解説してくれた。ガイド歴は10年。手当たり次第に西郷の足取りを勉強したという。死してなお、人々の心をとらえるこの引力。49歳でここまでできるのか。そう思いつつ、激戦の跡をたどった。

 「山」といっても、城山は標高107メートルにすぎない。道路も整備され、自転車でも上ってこられる山だ。そんな小高い丘に、全国から人が集まるのは、当地が城郭地として数百年にわたって人の手の入らない林が残され、国の「天然記念物・史跡」に指定されているからだけではない。西郷が波乱の生涯を終えた地でもあるためだ。

 49年という、決して長くはない生涯。が、彼の成した近代国家への改革は、廃藩置県など「西郷なくしてできなかった」との評価が専らだ。政府と戦った西南戦争も、わが身を犠牲に、武士の時代を名実ともに終わらせたと位置づけられる。

西郷隆盛が最後に陣を置いた洞窟。見えにくいが、2つの穴が確認できる

西郷隆盛が最後に陣を置いた洞窟。見えにくいが、2つの穴が確認できる

 その一方、後の大陸侵略に至る導火線に火を付けたという厳しい指摘も。だが、包容力のある大きな人物であったこと。国政に参与し、高位高官となっても清貧を貫いたこと。それらの人物像も含めれば、時代の巨星であったことに異を唱えることは、相当困難だろう。

 西郷軍が城山に入った時、勝敗はすでに決していた。包囲する政府軍5万人に対し、西郷軍は300人あまり。一進一退を繰り広げたであろう坂を下ると、街角の小さな公園といった具合の平たん地があり、柵で保護されている崖に横穴が掘られている。今は崩れて、かろうじて2本の入り口が確認できるのみだ。「最後の5日間は、この洞窟を掘り、本陣としました」。木々に覆われ、桜島は見えない。「明媚(めいび)な桜島をめでて波乱の人生を閉じたのだろう」なんていうのは、何でもドラマにしたがるのんきな想像でしかなかった。現実は土と泥にまみれ、銃弾に撃たれたのだ。

 
私学校の石垣に残る銃弾の痕

私学校の石垣に残る銃弾の痕

 感慨に浸れるわけがない。物量に勝る政府軍は、砲・銃弾を雨のように浴びせ、包囲を狭めていく。その銃弾の痕跡は、西郷の私塾とも言うべき「私学校」の石垣に今も残る。やがて軍使を通じ、1877(明治10)年9月24日午前4時に政府軍が総攻撃を始めることを知る。その前夜。西郷軍は残った食料、酒を開け、洞窟前で宴会を開く。殷賑(いんしん)な薩摩琵琶の音(ね)が響く。

 「そこに政府軍の方から音楽が流れてきたのです。何だと思います?」。烏山さんの問いに答えられないでいると、「ショパンの『葬送行進曲』、それと、ヘンデルの『見よ、勇者は帰る』だったのです」。

 鹿児島には軍楽隊が派遣されていた。曲目に込められたメッセージは、西郷軍の武勇をたたえつつも、明日には屍(しかばね)となるであろう彼らに哀悼の意をささげたとも受け止められる。武士の時代の弔いだった。桜島は見えない。西郷は、西洋の鎮魂曲を聴いて何を思ったか。

城山のふもとで、西郷隆盛は今もにらみを利かせている=いずれも鹿児島市で

城山のふもとで、西郷隆盛は今もにらみを利かせている=いずれも鹿児島市で

 山を下り、大通りを渡って山を振り返る。西郷の銅像が山を背に立っている。戦時中の軍への金属供出も、連合国軍総司令部(GHQ)が軍国主義的だと撤去を命じても、官民挙げて拒否したという。その力の源は西郷隆盛だ。西郷隆盛は今も鹿児島を守っている。

 文・写真 三浦耕喜

(2019年10月4日 夕刊)

メモ

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◆問い合わせ
「鹿児島観光コンベンション協会」が詳しい。
各種観光コースについて、個別の問い合わせも受け付ける。
電099(286)4700

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