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喜界島

喜界島 鹿児島県 居心地よい「島時間」

鉄道駅のようにこぢんまりとした喜界空港

鉄道駅のようにこぢんまりとした喜界空港

 垂れ込める低い雲を避けるように高度を下げていたプロペラ機が、海沿いのこぢんまりとした滑走路に滑り降りる。タラップを下りてすぐ目に入る平屋の建物は、果たして空港ビルなのだろうか。「喜界空港」の表示がなければ地方の無人駅と見まがうほど、のんびりした空気が漂っている。

 たどり着いたのは、鹿児島県の奄美群島の1つ、喜界島。周囲約50キロ、人口7000人足らずの小さな島だ。土地の多くを畑が占めるなど農業が盛んで、雄大な自然を誇る隣の奄美大島や徳之島ほど観光客は多くないという。訪れてみたのも、仕事で奄美に行くついでに寄ってみようか、という軽い気持ちから。ところがいざ島を巡れば、観光地化されていない穴場ならではの味わいと情緒にどっぷり漬かっている自分がいた。

 事前に連絡を取っていた喜界町役場の吉住広夢さん(32)の案内で、最初に向かったのは「オオゴマダラ」の生息地。羽を広げると幅15センチにも及ぶ日本最大級のチョウは、喜界島が分布の北限になっている。条件が良ければ年中見ることができ、島を訪れた2月半ばも、多くのチョウが手のひらほどの羽でふわふわと舞っていた。

「南の島の貴婦人」と称されるオオゴマダラ

「南の島の貴婦人」と称されるオオゴマダラ

 白地に黒い模様の美しさと優雅な飛び方で「南の島の貴婦人」と称されるこのチョウは、とにかく動きが遅い。観光客が少ないせいか、人を警戒する気配も薄い。吉住さんが「この島の人みたいでしょ」と笑う様子は人懐こささえ感じるが、それがあだとなり、かつては販売目的で乱獲されたこともあった。今は町が保護チョウに指定し、研究目的など以外の捕獲を禁止。町民にも保護に努めるよう呼び掛け、おっとりした「貴婦人」を島ぐるみで見守っている。

 貴重なチョウの舞を楽しんだ後は、地元で「テーバルバンタ」と呼ばれ、日本ではこの島にしかないという一風変わった地形を見にいくことにする。島の南の高台から辺りを見渡すと、海岸から少し内陸へ入った土地が1段高くなっているのがよく分かる。喜界島観光物産協会の田辺大智さん(35)いわく「島が速いスピードで隆起していることを物語っている」。

日本では喜界島しかないというサンゴ礁隆起の段丘。右手奥が一段高くなっているのが分かる=いずれも鹿児島県喜界町で

日本では喜界島しかないというサンゴ礁隆起の段丘。右手奥が一段高くなっているのが分かる=いずれも鹿児島県喜界町で

 喜界島は、大陸プレートと海洋プレートの境界のすぐ西に位置している。海洋プレートが大陸プレートの下に沈み込んでいくため、大陸プレートのへりは隆起するが、島の周辺は海底の地形の関係でひずみが大きい。年間2ミリという地質学的には非常に速い速度で隆起した結果、海底のサンゴ礁がせり上がって風化することなく段丘となり、世界でもまれな階段状の景観が出来上がった。

 サンゴ礁の隆起速度としては、パプアニューギニアのヒュオン半島に次いで世界2位。そう聞くと、一見どこにでもありそうな景色もありがたく見えてくる。実際、日本中から研究者や学生が訪れる地質学の聖地になっているそうだ。

 チョウも地形も一般の人にとって身近なものではないが、知れば知るほどおもしろくなる奥深さがある。奥深いと言えば、島の名物の黒糖がまさにそうだった。サトウキビ栽培が盛んな島には20もの黒糖メーカーがあり、田辺さんは「その年や作り手、畑によって味わいが違う」と教えてくれた。

 田辺さんと仲のいい島のご家族の家にお邪魔し、黒糖をお茶請けにコーヒーをごちそうになった。ブロック状の黒糖をちびちびかじりながら、島の暮らしについて話を聞く。ゆったり流れる時間と、黒糖の素朴な甘さ。飾らないこの島には、つい長居したくなる心地よさがある。

 文・写真 佐藤航

(2020年3月13日 夕刊)

メモ

◆交通
中部国際、羽田の各空港から鹿児島空港で乗り継ぎ、喜界空港へ。
羽田から奄美空港経由で行くルートや、鹿児島からフェリーで渡るルートもある。

◆観光情報
喜界町企画観光課=電0997(65)3683。
喜界島観光物産協会=電0997(65)1202

おすすめ

シュガーロード

シュガーロード

★シュガーロード
島北東部のサトウキビ畑に真っすぐ延びる長さ約3キロの一本道。
信号もなく、遠くまで見通せる道路は、絶好の写真撮影スポットになっている。

★阿伝(あでん)集落のサンゴの石垣
昔ながらのサンゴの石垣が連なる集落。
立ち並ぶ民家や店なども、古い造りのままの建物が多い。
近隣の島では、サンゴの石垣はハブのすみかになることから取り壊されるケースが多いが、喜界島はハブが生息していないため、保存しやすかったともいわれる。
奄美の原風景を残す貴重な場所。

ヤギ料理

ヤギ料理

★ヤギ料理
他の奄美群島や沖縄と同様、喜界島でもヤギをよく食べる。
島の人たちによると、喜界島のヤギは薬草を食べているため、他の島々のヤギと比べて臭みが少ないとか。
ヤギ刺しやヤギ汁に加え、モツと血を炒めた「カラジュリ」も味わい深い。

※掲載された文章および写真、住所などは取材時のものです。あらかじめご了承ください。