ジャンル・エリア : 展示 | 岐阜 | 文化 | 歴史 2021年04月01日
「木曽路はすべて山の中である」。明治生まれの文豪、島崎藤村が書いた小説「夜明け前」の冒頭だ。割と有名なので、知っている人も多いだろう。その舞台であり、藤村が生まれ育った地でもある木曽路の南端、馬籠宿(まごめじゅく)(岐阜県中津川市)を訪ねることにした。アニメファンが作品ゆかりの地を巡る「聖地巡礼」みたいなものだろうか。
馬籠宿の下入り口に立ち、石畳の坂を見上げる。なかなかの急坂で、急ぐと息が切れそうだ。ゆっくり行こう。
道の両脇には土産物店やそば店が立ち並び、春の柔らかな日差しの下、観光客がのんびりと歩いている。江戸時代は中山道の宿場で、参勤交代の大名らも通行した道だ。
ほどなく、藤村記念館に着いた。大名ら格の高い人を泊める「本陣」だった名家、藤村の生家跡に建てられ、直筆原稿や藤村の写真などが展示されている。館内を進むと、その生涯を紹介するビデオが流れていた。木曽路の自然などが映し出され、作品の一部がいくつも朗読される。
「まだあげ初めし前髪の 林檎(りんご)のもとに見えしとき…」。ずいぶん昔に授業で習った「初恋」だ。“聖地”で聴くせいか、心にしみいる気がする。続いて、中庭に出てベンチに座り、鳥のさえずりが聞こえる青空の下、持参した「夜明け前」の続きを読む。特に急ぐこともなく、ゆったりとした時間が心地いい。
館を出て再び上る。と言っても馬籠宿は全体で600メートルほどしかないので、すぐに上入り口に到達。さらに上り、見晴らしのいい陣場上展望台の広場に着くと、絶景が待っていた。少し雪が残る恵那山が正面に見え、開放的な空が広がる。気持ちいい景色だ。
近くのそば店でざるそばを2枚食べ、腹ごしらえを済ませたら出発だ。目指すは宿(しゅく)の南にある芭蕉(ばしょう)の句碑。「夜明け前」に登場する名所だ。
イラスト風の地図では近いように見えたが、田舎道を歩いても歩いても着かない。半ば諦めて引き返そうかと思い始めたころ、ようやく発見した。30分以上かかった。
刻まれているのは「送られつ送りつ果ては木曽の龝(あき)」という句で、小説では「龝」が「蠅(はえ)」に読めてしまう、と建てた人が不満を漏らすのが何やらおかしく、印象的だ。
小説はこの後、ペリー来航に始まる幕末から明治維新の動乱期に、新時代の波にのみ込まれていく馬籠宿出身の主人公を描く。近代日本の夜明けだ。今はどうか。新型コロナウイルス禍が明けたら、世界はどう変わっているのだろう。そんなことを考え、馬籠宿の街に戻った。 (金森篤史)
▼ガイド 馬籠宿へは、JR中津川駅から北恵那交通バスで25分。車の場合、中央道・中津川ICから20分。藤村記念館は冬期の水曜休館。入館料500円。馬籠観光協会(電)0573(69)2336
(中日新聞夕刊 2021年04月01日掲載)