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ロンドン 妻の力強いまなざし

2022年09月05日

 青く澄んだひとみに、ピンと伸びた背筋。社交ダンスの選手だったその女性は、還暦を迎えてなお、ハッとするほど美しく、凜(りん)としていた。

 ロンドンのカフェで先日、マリーナ・リトビネンコさんを取材した。夫のアレクサンドル氏はロシア連邦保安局(FSB)元中佐で、上層部からの暗殺の指令を拒否・告発して投獄され、英国に亡命した。そして、ロシアのスパイに毒殺された。

 「サーシャ(夫の愛称)はずっと、人々を守るのが自分の使命だと思っていた。一度悪の指令に従えば、抜け出せないと分かっていた。そしていずれ、使い捨てにされることも」

 人間の尊厳を保ち、正義を貫いた夫は、ロンドンからプーチン政権の危険性を訴え続けた。しかしその勇敢さを恐れた敵は彼の命を奪う。英政府は、毒殺は「おそらくプーチン氏によって承認された」と結論付けた。

 最愛の夫の無念を晴らすため、マリーナさんは息子を育てながら、命を懸けて闘ってきた。「私はサーシャの小さな代わりでしかないけれど、自分のできることをしていきたい」。強い意志をたたえたまなざしに、胸が熱くなった。 (加藤美喜)