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ソウル 悪口が喚起する情緒

2022年11月02日

 「なんだこの犬野郎。次の停留所で降りろ」。乗っていたバス内で、男性2人の大声が響いた。携帯電話で長く通話していた初老の男性に、若者が「公共の場所で迷惑だ」と食ってかかり、口論になったらしい。

 初老男性も負けていない。韓国語で「犬野郎」を表す言葉をはじめ、当欄では書きにくい下品な悪口を次々にまくしたてて応戦している。おぉ懐かしい!と妙な感慨に襲われた。

 韓国語は「辱説(ヨクソル)」と呼ぶ罵倒表現が多様。映画などでよく登場する人間くさい表現を私も聞き覚え、学生のころは仲間内でふざけて使ってみたこともあるが、さすがに社会人になると使う機会がまずない。

 少し前の韓国では、もっと辱説が飛び交っていたように思う。最近はソウルのバスや地下鉄も日本と同じくみんなスマートフォンに集中しており、こういう感情の発露を目撃するのは久しぶりだった。

 口論が暴力沙汰にエスカレートしそうになったところで、年配の女性がぴしゃりと「あんたが悪い、黙ってなさい」と初老男性を諭した。人情味ある韓国の情緒がよみがえり、ほほ笑ましくなった。 (木下大資)