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パリ テロと決別 法廷の涙

2022年08月08日

 「テロリストから隠れていた小部屋に銃撃で腕に穴の開いた男性が入ってこようとしたが、何もしてあげられなかった」

 2015年11月に起きたパリ同時多発テロの公判をパリの裁判所で傍聴した。90人が殺害されたコンサートホール「バタクラン劇場」にいたアリスさんが語った惨劇の詳細は鮮烈だったが、対照的に口調は朗らかで、時に微笑も浮かべていた。

 何と強い精神力なのかと驚いていると、アリスさんが突然むせび泣き始めた。銃撃がやんだ後のホールであおむけに倒れた若い女性を目にした時を「彼女は私だったかもしれない」と振り返った時だ。「何度も自殺を考えた」とも明かしたほど強いトラウマ(心的外傷)を抱えていることを外見には出さないよう過ごしてきたのであろう彼女のこの6年間が思い浮かんだ。

 公判開始時に被害者団体の代表アルチュール・デヌーボーさんが言っていた。「新事実の判明が期待できない中、被害者が自身の体験を語ることで事件と一区切りを付ける場になれば、この公判にも意義がもたらされる」。アリスさんにとってもそんな場になったことを願わずにいられない。 (谷悠己)