2023年04月29日

　「いい潜りっぷりだね」。正月休みで訪れたカリブ海諸国の島国バハマの首都ナッソー。どこまでも澄んだ海で潜水を繰り返していると、近くのバカンス客から声をかけられた。「ありがとう。本当にきれいな海だから」と返した。

　だが、内心は焦っていた。潜水とは言っても、足がつく程度の浅瀬で、息が続く限りの素潜り。実は、泳いでいる途中にメガネを落としてしまい、海の底を探しているだけなのだ。白砂に転々と茂る茶色っぽい海藻がメガネのフレームの色とそっくりで、見分けがつかない。

　そもそも、なぜメガネのまま全力でクロールをしてしまったのか。自宅のある厳寒のニューヨークから楽園に来て浮かれ過ぎたのか。砂浜にいる娘と息子が、同じ場所で何度もジャンプして水中に姿を消す父親に、不審な目を向けている。いや、裸眼では見えないので想像だが。

　結局、メガネをなくして海を後にし、帰り道を歩いた。観光ガイドに「バハマは、あなたの心を溶かします」とあったのを思い出す。青い空と海、カラフルな建物、行き交う人々…。確かに、ぼやけた視界の中で溶け合った。　（杉藤貴浩）