2023年05月10日

　ロンドンでウーバータクシーに乗ると、母国での抑圧や紛争から逃れて来た運転手さんとよく出会う。イランやソマリア、シリア、スリランカ…。短い時間だが、彼らとの会話はさまざまな国情と人生を感じさせる。

　今月はアフガニスタン出身のサイードさんと出会った。イスラム主義組織タリバン政権の圧政から逃れて来た人だった。「日本に行ったことはないが、母国では誰もが知っている日本人が１人だけいる」という。

　「彼は残念ながら殺されてしまった」と言われ、ハッとして銃撃で亡くなった中村哲医師のことかと聞いた。「そうだ。でも僕らはナカムラではなく、カカムラドと呼んでいる。親しみをこめた年配男性への呼び方だ」と彼は言い、「タリバンですら、カカムラドの死を嘆いた。真のヒーローだった。大切な人を失った」と繰り返した。

　思いがけない話題と、サイードさんの熱い語り口に中村医師への敬意が込み上げた。悲報から３年余り。アフガン復興に尽力した日本人医師の生きた証しは、数千キロ離れた英国でも語り継がれ、人々の心に刻まれていた。その偉大な足跡を思い、目頭が熱くなった。　（加藤美喜）