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「武士の娘」の故郷

「武士の娘」の故郷 新潟県長岡市 伝統つなぐ志 連綿と

杉本鉞子(長岡市郷土史料館展示資料)

杉本鉞子(長岡市郷土史料館展示資料)

 6歳で四書を学び、少しでも正座を崩すことは許されない。真冬に火の気のない部屋で習字の稽古をし、眠っている時でさえ、身と心を引き締めていなければならない…。今から100年ほど前、こうした武家教育の実体験などを記した自伝的小説を通して、日本の精神や文化を世界に紹介した「武士の娘」をご存じだろうか。

 明治初期、越後長岡藩家老、稲垣家に生まれた杉本鉞子(えつこ)(1872~1950年)。結婚で移り住んだ米国で出版した「A DAUGHTER of the SAMURAI(武士の娘)」はベストセラーとなり、7カ国に向けて翻訳され、称賛を受けた。だが、その存在は、同様の役割を果たした内村鑑三や新渡戸稲造に比べ、国内ではほとんど知られていない。ベールに包まれた武士の娘の面影を求め、彼女の故郷、新潟県長岡市を訪ねた。

 まず鉞子の史料が展示されている市郷土史料館へ向かった。長岡駅からタクシーで10分。小高い山の木々の間に立派な城郭が見えてくる。戊辰(ぼしん)戦争で焼失した長岡城をしのび、城風の外観で建設されたという。青空の下で輝く「天守閣」は本物の城でなくても十分美しい。

城をかたどって建てられた長岡市郷土史料館=同市御山町で

城をかたどって建てられた長岡市郷土史料館=同市御山町で

 内部には1920~30年代に出版された、米国を含む8カ国版「武士の娘」がずらり。各国語の題字が躍る表紙を眺めると、活発で国際的な女性像が頭に浮かぶ。一方、その数メートル隣には鉞子の嫁入り道具というたんす。越後長岡藩藩主の古い家紋が付いていて武家らしい。今度は伝統的大和なでしこのイメージが浮かび、多彩な顔を持った不思議な女性に思えてくる。

杉本鉞子を顕彰する「武士の娘文学碑」にそっと触れる青柳保子さん=新潟県長岡市の信濃川土手で

杉本鉞子を顕彰する「武士の娘文学碑」にそっと触れる青柳保子さん=新潟県長岡市の信濃川土手で

 次は鉞子を顕彰する「武士の娘文学碑」へ。雄大な信濃川の土手にたたずむ本形の石碑。そこに彫られた凜(りん)とした表情の鉞子に、案内してくれた地元の郷土史家、青柳保子さん(69)が「お久しぶり」と声を掛けた。

 国内において鉞子にいち早く着目したのが、青柳さんら地元の女性たちだ。30年ほど前、研究会を立ち上げ、実像が知られていなかった鉞子の史料集めや、碑の建立などの顕彰活動に携わった。

 「とうとう、信濃川の土手の緑がちらほら雪解けの間に見える時がまいりましたので、仲好(なかよ)しのお友達をさそって、お別れの摘み草をいたしました」。故郷をたつ前の思い出を描いた「武士の娘」の一節を思い出す。「今年は雪が少ないけれど」と青柳さん。雪深い長岡では、雪が解け若草が顔をのぞかせると、春の訪れを感じるという。「春だ、春だとうれしく草摘みをしたのでしょうね」。上品な女性の顔をした碑の鉞子が、少女のようにほほ笑んだ気がした。

 「武士の娘」には、こうした穏やかな思い出の一方で、戊辰戦争の敗北で当代稲垣家が苦労したことも記されている。その具体的な描写は多くないが、町には戦跡を示す碑や藩士らの墓が点在し、歩くほどにこの地に戦火が及ぼした影響を感じる。

 市内の史料館の多さにも驚かされる。「城みたいに形あるものが戦火でなくなったからこそ、残ったものを大切にする気持ちが強いのでしょうね」と語る河井継之助記念館職員の柴田美枝子さん(59)。同館を賛助する会員は550人、市民らが所属する郷土史研究会の会員は250人。戦後の困難より、古き良き武家教育や伝統文化を紹介しようとした前向きな鉞子の思いが、長岡の人や町に受け継がれているようだ。

戊辰戦争の犠牲者の墓には、真新しい花が手向けられていた=同市中島で

戊辰戦争の犠牲者の墓には、真新しい花が手向けられていた=同市中島で

 文学碑近くで見つけた戊辰戦争の犠牲者の墓には、真新しい花が供えられていた。戦火に翻弄(ほんろう)された武士やその娘、民をしのび、そっと手を合わせた。

 文・写真 橘菫

(2019年3月1日 夕刊)

メモ

地図

◆交通
JR長岡駅へは東京駅から上越新幹線で1時間45分。
名古屋駅からも東京経由の方が早い。

◆問い合わせ
長岡観光コンベンション協会=電0258(32)1187

おすすめ

越乃雪

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旬の特上天へぎ

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★長岡市郷土史料館
同市御山町の悠久山公園にあり、国内外で活躍した長岡の先人の史料などを展示。
入館料は大人300円、高校生200円、小中学生150円。
開館は午前9時~午後5時。
電0258(35)0185

★越乃雪本舗大和屋
同市柳原町。
1778年、長岡藩9代藩主・牧野忠精に献上されたという「越乃雪」などを販売。
10代目おかみの岸範子さん(69)によると、当時から材料も製法もほぼ変わっていないという。
さくりとした食感の後にほろりと崩れ、上品な甘さの余韻が残る。
16個入り1296円。

★へぎそば 「へぎ」と呼ばれる器に載せて食べる布ノリをつなぎに使ったそば。
新潟県の魚沼地方発祥とされ、長岡では越後長岡小嶋屋などが提供。
こりこりと音が鳴るようなこしと、つるりとしたのど越しが特徴。
季節の天ぷらを添えた「旬の特上天へぎ」は同店殿町本店の人気商品。
2376円。

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