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室生寺

室生寺 奈良県宇陀市 「鬼」が愛した女人高野

早春の室生寺、かれんにさえ見える五重塔は同寺のシンボルだ=奈良県宇陀市で

早春の室生寺、かれんにさえ見える五重塔は同寺のシンボルだ=奈良県宇陀市で

 大阪・難波の雑踏を離れ、近鉄電車に乗り込むと約1時間で室生口大野の駅に着いた。観光シーズンではないためか、駅前には開いている店もない。里山の穏やかな景色の中に、民家がぽつりぽつりと立っている。風の音、鳥の鳴き声以外には物音さえない静かな里だ。

 奈良交通バスに乗り、宇陀川沿いの道を室生寺(むろうじ)(奈良県宇陀市)に向かった。

 奈良に行こうか。そう思い立ったのは昭和に活躍した写真家・土門拳(1909~90年)のライフワークというべき写真集「古寺巡礼」をたまたま立ち寄った古書店で目にしたからだ。

 土門は、社会の不条理を見据えた写真集「ヒロシマ」「筑豊のこどもたち」などの徹底したリアリズムで知られる。

 その一方で戦前から京都や奈良に残る日本の美、古典文化の撮影に意欲を燃やした。終戦から間もなくの1946(昭和21)年、困窮生活の中で、持てるだけの乾板(かんぱん)、閃光(せんこう)電球、米を背負って撮影に向かったのが室生寺だった。

 奈良時代末の創建とされる真言宗の室生寺は、同宗派総本山の高野山金剛峯寺(こんごうぶじ)(和歌山県)が長く女人禁制であったのに対し、女性に開放されていたため「女人高野」と呼ばれた。

 いちずな取材姿勢から「鬼」とも呼ばれた写真家は、「女人高野」に何を求めたのか。好奇心がくすぐられた。

 バスを降りて室生川にかかる朱色の太鼓橋を渡る。見下ろすと水面に小さな波紋が光った。20センチほどのアマゴが群れをつくって泳いでいた。

 太鼓橋は59年の伊勢湾台風で流され、かけ直したものだという。山と清流に囲まれた室生の里は、古代は雨乞いの土地だった。雨が多いからこそ竜の伝説が生まれたのだ。

室生寺の地蔵

室生寺の地蔵

 川沿いにある仁王門をくぐると、急な石段が始まる。

 上り出すと石段の頂上に国宝・金堂の屋根が見えてきた。

 金堂に安置された仏像群は室生寺の核心部である。薬師如来立像、表情豊かな十二神将像なども見飽きないが、土門のお気に入りは十一面観音立像であったようだ。

 「金堂に入るとまっ先にこの観音像の色っぽさに魂を奪われる。(略)唇に残る朱は、なんとも言えず色っぽさに一段と味を加えて魅力をなしている」(「土門拳の古寺巡礼」から)

 金堂の少し上に立つのが五重塔。高さ16.1メートル。屋外にある五重塔としては国内で最も小さいが平安初期の建造物。塔を見上げる石段の両側にシャクナゲの群落があり、若葉の頃に咲き競う。巨大であるよりは繊細、荘厳であるよりは可憐(かれん)。それが室生寺の魅力だろうか。

橋本屋に飾られた土門拳の写真を見ながら思い出を語る奥本裕さん=奈良県宇陀市で

橋本屋に飾られた土門拳の写真を見ながら思い出を語る奥本裕さん=奈良県宇陀市で

 奥の院まで足を延ばした後、門前の旅館、橋本屋で昼食を取った。山菜定食は2160円。とろろ汁に舌鼓を打っていると、5代目主人の奥本裕さん(69)が館内を案内してくれた。

 橋本屋は土門の定宿で、著作の中に頻繁に登場する。

 奥本さんには雪に関する思い出があるそうだ。

 「土門先生は雪景色の室生寺を撮ることに執念を燃やしていました。ところが室生に雪はめったに降らない。78年3月12日、長く滞在した末にいよいよ今日は帰るという日でした。40年も待ち続けた雪が降りました。私の母が朝一番に先生に知らせに行った。2人は手を取り合って喜んだそうです」

 土門は晩年、病気で右半身が不自由になり、車いすに乗りながら助手の協力で撮影を続けていた。橋本屋には、そんな老写真家が左手で書いたという書が掲げてある。

 「女人高野 拳」

 鬼の爪痕、といったら失礼か。

 文・写真 坂本充孝

(2019年4月19日 夕刊)

メモ

地図

◆交通
名古屋方面からは近鉄名古屋駅から特急で伊勢中川駅まで約1時間。
近鉄大阪線に乗り換えて室生口大野駅下車。
京都方面からは近鉄京都駅から特急で大和八木駅に行き、大阪線に乗り換え。
室生口大野駅からは奈良交通バスで15分。

◆問い合わせ
室生寺=電0745(93)2003

おすすめ

如来の磨崖仏(まがいぶつ)

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ヨモギ入り回転焼き

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★大野寺
室生口大野駅から徒歩5分の宇陀川沿いにあり、枝垂れ桜の名所で知られる。
拝観料は300円(高校生以下無料)。
川の対岸の岸壁に弥勒(みろく)如来の磨崖仏(まがいぶつ)があり、高さ13.8メートルは国内最高。
鎌倉時代初期の作とされる。

★龍穴(りゅうけつ)神社
古代に雨乞いの儀式が行われた場所といわれ、室生寺から500メートルほどの森の中にある。
近くには竜王がすんだとされる岩窟や、弘法大師が竜王に助けられて岩に刻んだとされる「神々の酒宴」と呼ばれる彫刻などが点在している。

★ヨモギ入り回転焼き
室生寺の門前には古い商店が並び、食べ歩きの楽しみもある。
甘味喫茶「栄吉」の特製ヨモギ入り回転焼き(90円)は名物のひとつ。
生地に地元産のヨモギを練り込んで焼き、あんを挟み込んだ。
ふっくら、もちもちの絶妙の味わいだ。
店主の杉本勝子さん(83)は「50年も焼き続けているのよ」と愛想がいい。

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