瀬戸内海には大小3000もの島があるという。起伏に富んだ緑の島々と、青く広がる海の景色が、訪れる人の心をおだやかに癒やす。冬もレモンやミカンが実って、色彩が鮮やかだ。
旅の起点は、坂の街・広島県尾道市。すっかり暗くなってから、古い寺が連なる山手を歩いた。
幹線道路から、JR山陽線の踏切を渡り、急な坂道を息せき切って上ると、古い三重塔が現れる。天寧寺(てんねいじ)の塔だ。さらにその上には千光寺の伽藍(がらん)。いずれも巧みにライトアップされ、闇の中に浮かび上がる。振り返ると街の明かりが無数に輝き、遠くに本州と四国を結ぶ「しまなみ海道」も見える。
昼間はロープウエーで上ることができ、にぎやかな場所のはずだが、静まりかえっている。「週末の夜は対岸のドックや、しまなみ海道の新尾道大橋もライトアップされ、華やかな夜景になります」と、尾道観光協会の石原尚味さんが教えてくれた。
翌日は島巡り。尾道港から生口(いくち)島(尾道市)の瀬戸田港へ、約40分の船旅だ。
島には耕三寺(こうさんじ)という名物寺院があり、日光東照宮の陽明門を模した「孝養門」など、名建築のコピーがたくさんある。そんな境内の先に、真っ白な大理石で造られた庭園「未来心(みらいしん)の丘」が広がっている。広島県出身の彫刻家・杭谷一東(くえたにいっとう)さんの作品だ。3000トンもの大理石を、杭谷さんがアトリエを構えるイタリアで採掘し、コンテナ船で運んできた。
作品の中は自由に歩き回ることができ、海を望む一番高い所に、合掌をイメージした「光明の塔」がある。千葉から来たという女性4人組が、写真を撮り合っていた。大理石でできたカフェもある。開放感は抜群で、景色は地中海のようだ。
耕三寺と港との間は、ややさびれた風情の門前町だ。その中で揚げ物の店がにぎわっていた。「20歳で嫁に来て61年やっているの。それしかとりえがないから」と岡田さん(81)。「コロッケはちょっと時間がかかるけど、こっちならすぐだよ」と、130円の串カツを勧められた。店の外壁にはメディアに取り上げられた記事がびっしり張ってある。なかなかの商売上手とみた。
別の店では、青いレモン数個の入った袋を300円で売っている。安い。低農薬で育てられた瀬戸田レモンは、皮まで食べられるという。
新しい動きもある。生口島にはしまなみ海道が通り、サイクリングで世界的に名を上げてきた。ここで自転車を降り、船で尾道や三原と行き来する人も多く、港は自転車を引いた人でいっぱいだった。「自転車カフェ&バー 汐待亭(しおまちてい)」ができたほか、古い建物を宿泊施設へ模様替えする試みも進んでいる。
周辺の島では、大久野(おおくの)島(広島県竹原市)も忘れてはならない。竹原市の忠海(ただのうみ)から、船で渡ってみた。戦前は陸軍が毒ガスを製造していた秘密の島だった。毒ガス資料館は小さいけれども充実した内容。多種の毒ガスを製造していた様子を、当時使われていた道具を通じて知ることができる。
そんな過去を秘めた島は今、放たれたウサギが増えて、ウサギの島として知名度が高まっている。人を見ると、えさをもらえると思って近づいてくるのがかわいい。
旅の締めは、多島美を最高のロケーションで味わえる三原市の竜王山(標高445メートル)に登った。天候に恵まれ、はるか遠くに四国山地が見える。夕日がキラキラと、瀬戸内海を輝かせていた。
文・写真 吉田薫
(2020年1月10日 夕刊)
メモ
◆交通
東京、名古屋からは新幹線利用が便利。
尾道へは、新尾道駅へ直行するか、福山駅で在来線に乗り換え尾道駅へ。
港は尾道駅からすぐ。
三原は新幹線の駅と港が至近距離にある。
広島空港から三原まで路線バスで約40分。
◆問い合わせ
尾道観光協会=電0848(36)5495
三原観光協会=電0848(63)1481
おすすめ
★観光アプリsetowa
JR西日本が広島県などと協力して開発した。
スマートフォンにインストールして使う。
3月31日まで期間限定で実証実験中。
鉄道、バス、船などを組み合わせた旅程を組むことができる。
予約、決済機能が付いており、お得なチケット「setowaデジタルフリーパス」(大人3000円)も入れられる。
2日間、尾道・三原近辺の在来線鉄道、一部の路線バス、航路、ロープウエーが乗り放題で、瀬戸田の平山郁夫美術館にも入館できる。
★耕三寺博物館
午前9時~午後5時、無休。
入館料大人1400円。
★魚飯(ぎょはん)
塩田で栄え、古い家並みが残る竹原の郷土料理。
新鮮な魚や錦糸卵、野菜をご飯の上にのせ、白身魚からとった薄味のだしをかけて食べる。
1000円から1500円で市内の各食事どころで提供。
電0846(22)4331(竹原市観光協会)。