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【長野】乗らない電車の旅 お城だけじゃない妙趣 長野県松本市

ジャンル・エリア : グルメ | 工芸品 | 甲信越 | 鉄道  2022年09月22日

復旧した田川橋梁の上を行く新島々行きの各駅停車

復旧した田川橋梁の上を行く新島々行きの各駅停車

 「乗らない電車の旅」へと出かけてみよう。行き先は、長野県松本市。国宝松本城が大人気の観光のまちだ。

 まずは松本駅から南西へ、歩いて10分ほど。田川という小さな川にかかる鉄道の橋の近くで待つうち、2両編成の列車がとことこやって来た。アルピコ交通(旧松本電鉄)上高地線の新島々(しんしましま)行きだ。

 日本有数の山岳リゾート・上高地を訪れる人の多くは、この電車で終点の新島々駅へ行き、そこでバスに乗り換え現地を目指す。だが私が昨年9月に上高地へ行った時は、乗れなかった。8月の豪雨でこの田川橋梁(きょうりょう)が大きな被害を受け、不通になったのだ。

 幸い、今年6月には復旧。修復のなった橋の上を電車が行く。一見は何でもない情景だが、実は「平穏な日常」の象徴でもあろう。

 その後ろ姿を見送ったら、松本駅から散歩してみたい。駅から東へ延びる大通りにはかつて、市電が走っていた。けれども日本が豊かになって車社会が到来すると、市電はここでも京都市などと同じく「邪魔者」の扱いになった。そして1964年、廃止。

 今ではもう乗れない電車の線路跡をたどるように歩き、松本城方面に曲がる。さらに少し行くと、右手に商店街が延びていた。江戸時代からの歴史を誇る「中町通り」だ。古い蔵を利用した菓子や器の店などが立ち並ぶ。

観光商店街として人気の中町通り

観光商店街として人気の中町通り

 通りの中にある店の1つ、「信州バウムクーヘン工房 てまりや」に入ってみよう。店内で職人さんが焼き上げる名店だ。信州産コシヒカリの玄米と発酵バターの味わいが豊かな「あるぷす」(カットで880円)を買った。

 さらに少し歩くと、信州の名産の品を扱う老舗がある。正式な名は「山平食料品店」だが、地元では「やまへい」の名で親しまれる。気さくで親切な女性店主とおしゃべりしたら「青こしょう醤油(しょうゆ)」を買う。地元の「丸正醸造」が安曇野産の青唐辛子で作っている逸品だ(490円)。

 東西およそ500メートルの通りが終わりかける手前、ひときわ趣の深い外観のお店がある。全国各地で作られた器など、優れものが並ぶ「陶片木(とうへんぼく)」。

 店主の小林仁さんは唐変木どころか文芸や映画、音楽をこよなく愛する文化人。前にあのドナルド・キーンさんが来て、お店と小林さん夫妻を好きになり、店内にサインも残している。松本に来たならお城よりもまずはここに来るほど私もファンなのだ。

 だがこの通りにも、時代の波が押し寄せる。近くに登場したショッピングモールへの抜け道としてマイカーが列をなし、古くからの店が消え、最近ではアパートさえ建つ。もっと変わってしまう前に、ぜひとも一度お出かけされるよう勧めたい。 (三品信)

 ▼ガイド 「信州バウムクーヘン工房 てまりや」は(電)0263(39)5858。「やまへい」は(電)0263(32)2305。「陶片木」は(電)0263(32)0646。営業日や営業時間などは、訪問前にご確認を。このほか中町通りにどんなお店があるかは、商店街のホームページで分かります。ちなみに松本の市電は、作家の北杜夫さんの名著「どくとるマンボウ青春記」(新潮文庫)にも登場します。ご一読を。

(中日新聞夕刊 2022年9月22日掲載)