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【石川】小松、桂林 芸術結び40年 作家招待や市民派遣で交流

ジャンル・エリア : 歴史・文化 | 石川  2022年12月01日

中国・桂林市の友人から届いた書画作品を手に、交流の歴史を振り返る宮野知之事務局長=小松市丸の内公園町で

中国・桂林市の友人から届いた書画作品を手に、交流の歴史を振り返る宮野知之事務局長=小松市丸の内公園町で

日中友好協 5日から子ども書画展

 小松地区日中友好協会と中国・桂林市が、文化交流を始めてから11月で40年を迎えた。9月の日中国交正常化50周年も記念し、同協会は5日から、桂林市の小中学生による作品を紹介する「書画作品展」(北陸中日新聞後援)を小松市役所で開く。40年間、交流に携わる事務局長の宮野知之さん(84)は「草の根の文化交流を続けてきた。政府同士の関係が悪くなっても、市民同士の友好関係は変わらない」と語る。 (井上京佳)

 「交流の始まりは1枚の名刺から始まった」。自宅玄関に飾った桂林のシンボル、象鼻山(ぞうびさん)を描いた水墨画を眺め、宮野さんは振り返る。1982(昭和57)年、日中国交正常化10周年を記念した小松の訪中団の一員として、桂林市を観光した際、昼食をとった店で居合わせた同市の書画家、段貫之(だんかんし)さんらと交わした名刺だ。宮野さんの帰国後、同市中国画研究会に所属していた段さんから文化交流を打診する手紙と象鼻山の水墨画、書作品が届き、交流が始まった。

 翌年に日中合同美術展を小松市内で初めて開催し、85年に書画家ら5人を小松に初めて招待した。桂林市への協会独自の訪中団は27回延べ380人に及び、現地で書画展の開催や学校の訪問、地元作家による9谷焼や絵画の寄贈をした。交流を始めた当初は、県出身の中国残留孤児も少なくなく、訪中時の面会や帰国後に身元引受人となる会員もいた。県内では、桂林の芸術家や子どもの作品展を各所で開いてきた。

 2017年の派遣以降、新型コロナ禍などのため訪中団は渡航できていないが、文化交流は続いている。昨年は、桂林の小中学生の作品が小松市に届いた。マスク姿の人が描かれ、「日本加油!(日本頑張れ)」と書き添えられた絵画などもある。宮野さんは「時宜を得て、感性が輝く作品ばかり。ウクライナ侵攻で国際情勢が悪くなっても、市民の交流は続けなければ」と話す。

 作品展は午前10時〜午後5時。最終日の9日は同4時まで。初日の先着10人には、桂林市の書画家が手掛けた作品をプレゼントする。小松市役所での展示終了後は、市内の学校で巡回展を計画する。